広島県福山市沖野上町

五本松土手跡と新五本松

代替わりの五本の松が歴史をつなぐ。

城下東側の松か端(まつがはな)土手の松と共に、大目付の支配だった城下西側の五本松。藩にとっても重要な意味を持つものだったに違いない。
現在、松か端に松はないが、五本松の方には、その痕跡を見ることができる。本来土手上に植えられていた五本の松はなくなってしまったが、土手の東端に五本の松を植えた「新五本松公園」が作られている。そのおかげで、土手のあった場所が明確に把握できる。
その公園から西に五本の松が並び、その先は水呑村への渡しであった。干潮時には歩いて渡れたそうなので、五本の松はいい目印であったろう。
二年ほど前、長年地域の人たちに親しまれてきた公園内の辻堂が焼失した。堂の再建は断念されたが、その場所は今でもしっかり守られており、五本の松が地域の歴史をつないでくれている。それを支えている地元の人たちがいることに感謝したい。

現在の新五本松公園。かつて五本松のあった土手の東端に位置する。

「水野家時代福山城下明細地図」ここから水呑村への渡しが出ていたが、干潮時には歩行できた。

明治30年の地図。

近年焼失した辻堂。昭和30年代の写真には辻堂と五本の松がこの土手上に見られた。