広島県福山市草戸町

陸軍用地境界石

なにげない日常風景を囲む戦争の記録

見渡す限りに整然と並んだ無機質な標柱。蝉時雨の中、胸を締め付けられる絶望と悲しみの光景。それが陸軍墓地である。その光景を見ないですんだのは幸運なのかどうなのか。
陸軍歩兵第41連隊が駐屯していた福山市内には、陸軍用地が点在していた。そのひとつが草戸町にある。その敷地は陸軍墓地として造成、設置されたが、結局使用されることはなかった。現在は、一般の墓地として使用されている。同じ墓地でも、こちらは日常的な、心安らかなる風景である。
戦地に大切な人を送り出した過去の記憶も記録も薄らいできている。それは幸せな事でもあろうが、未来への不安もかきたてる。郷土史の中に、ロマンと慈しみと同時に戒めも常に見つめていたい。
今も墓地の周囲には、当時の境界石がそのまま埋まっている。

かつて墓地への道沿いに打ち捨てられていた「陸軍用地第二号」の境界石。現在地へ移され、新しく案内板も立てられた。

現在の様子。敷地に沿って右手手前から奥に第七・八・九号の境界石と四つのコンクリート製の境界碑が埋まっている。

一番北側にある第九号。(無縁墓群の左手奥の木の下)

冬場に撮影した第七号。わずかに朱色が残る。

MEMO

明王院入口から向かって左手の坂道を300mほど上った所。