広島県福山市水呑町

竹ケ端港跡

夏の日に見た打瀬舟の幻影。

水呑町の南の端、竹ケ端の一角に海と隔絶した小さな湾がある。一番深い部分には扇状の雁木、周囲のコンクリート壁には係船環が残り、かつて港だったことがわかる。
昭和の初めの頃、この港から打瀬舟が沖へと出て行った。岬の端に住む人々の糧である。時代と共に、舟は動力のついた漁船となり、近くに新しい港もできた。そして、十年ほど前に堤防ができ、湾は小さな通水口を残して塞がれた。
今はもう海のかけらとなってしまった湾では、陽光の下、雁木がひっそりと昭和の風景を懐かしんでいる。

奥に雁木、手前に係船環が並ぶ。昭和の初め頃まで、打瀬舟が係留していたという。※打瀬舟は、風の力を利用して網を引く伝統漁法「打瀬網漁」で使われる木造帆船。江戸時代に始まったとされ、瀬戸内海など日本各地で行われていた。

現在の土手から見た港跡。弧を描くかつての海岸線が確認できる。

近くにある武部神社。桜の名所としても知られている。江戸時代の初めは竹ケ端明神と呼ばれていた。竹ケ端は古くからの土地である。

武部神社の麓にある、現在の竹ケ端の港。

かつての港にひっそりと残る雁木。

MEMO

芦田川右岸の堤防を下っていく。河口堰から500mほど南。