広島県福山市神辺町

廉 塾(れんじゅく)

新しき文学が目覚めた場所は、国宝級の価値あり。

特別史跡は「史跡のうち学術上の価値が特に高く、わが国文化の象徴たるもの」であり、その価値は国宝と同格とも言われる。現在国内の特別史跡は六二件。広島県下では「厳島」と「廉塾ならびに菅茶山旧宅」のみである。
菅茶山はそれまでの漢詩の常識を破り、見たもの経験したことを自分の感覚で表現した。文学表現の革命である。俳句の正岡子規、短歌の俵万智さんを思い浮かべれば想像しやすいだろう。漢詩を大衆化した菅茶山は、「当世随一の詩人」として、全国にその名を馳せた。
その茶山が誰もが平等に学問ができるようにと設立したのが私塾黄葉夕陽村舎〈こうようせきようそんしゃ〉(後の廉塾)。茶山の教えを求め、全国から生徒が集まった。その場所は今も端正かつ風雅な佇まいで、学ぶことの意味を問いかけてくれる。

廉塾の講堂前にある「方円の手水鉢」。水は入れ物によってどんな形にも変わることを表現している。板と竹を組み合わせた濡れ縁と手水鉢の構図は、意匠的にも優れており、儒学者・教育者としての意識だけでなく詩人としての感性が際立つ。

養魚池。通常は養魚用だが、防火用水の役目も担う。石碑は、「廉塾養魚池 政酉(1789年)、杪冬(12月)につくる」と彫られており、茶山の書と言われている。

正面からみた廉塾。右手奥が唯一現存している塾生の寮舎「槐(カイ)寮」。かつては手前に南寮・敬寮が並んでいたという。手前に「特別史跡 廉塾ならびに菅茶山旧宅」の石碑。中門までの道の両側は畑になっていて、寮生たちはこの畑で野菜を育て、自給していたといわれる。屋敷全体の配置や細部にまでわたるこだわりは、機能的でかつ美的感覚にあふれている。