広島県福山市今津町

西方院 蓮華寺

今津宿脇本陣、 参勤交代の面影を今に伝える。

脇本陣、その響きが良い。本陣のように威風堂々とした押し出しではなく、より控えめな印象で粛々と務めを果たす生真面目な柔らかさを感じる。
備後福山藩領でただ二つの本陣だった神辺本陣と今津本陣。その今津本陣と表裏を成したのが今津脇本陣。その務めを果たしのは、今津本陣を務める河本家の菩提寺である蓮華寺であった。
平安時代、弘法大師が唐へ向う途中、今津浦から見える山々が紀州の熊野三山に似ていることから、今津に熊野三山(東方院薬師寺・西方院金剛寺・西方院蓮華寺)を開山した。蓮華寺は熊野本宮の本地仏、阿弥陀如来を本尊とする。
宝暦三年(1753)に堂塔が焼失し、宝暦十三年に現在地に移転。造営に際し、福山藩主より多額の寄進を受けたという。

境内の持仏堂には、参勤交代の殿様が利用した「上段の間」が今に伝わる。旅の途路、家臣と、案外くだけた話などしたのだろうか。明治になって永遠に主を失くした部屋には、今も江戸時代の薫りが留まっているかのようだ。

安阿弥作と伝わる阿弥陀三尊を祀る本堂(阿弥陀堂)。寛文9年(1669)建立、堂塔焼失の時も類焼を免れ、寛政6年(1794)に現在地に移転・再興された。

旧山陽道に面した参道入口には「西方院 蓮華寺」の標柱。その側面に今津宿脇本陣の文字。

東門から延びる道の先には今津本陣跡がある。