広島県福山市熊野町

常国寺・一乗山城跡

湖面に映るのは、満開の桜か、渡辺氏の栄枯盛衰か。

渡辺氏が草戸にやって来たのは、室町時代(十四~十六世紀)のはじめと言われている。十六世紀には、四代目の渡辺越中守兼が熊野に進出し、一乗山城を築き居城。その折に、菩提寺として麓に常国寺を建立したと云う説がある。
兼・房・高・元・景と八代までつなぎ、関ヶ原の戦い(1600年)まで、一乗山城主として熊野の地を治めた。戦いに敗れた毛利家が、防長への移封の際、これに従わず浪人。一乗山城も廃城になった。
備後国での二百年ほどの渡辺氏の足跡は、数行で語れるほど平坦な道のりではなかったはずだ。親から子へいかなる橋渡しがあったのか、僅かな歴史の破片を拾いながら、波乱万丈なるそれぞれの人と成りを思い描くのは、創造性あふれる歴史ロマンであろう。

常国寺山門。500年ほどの歳月を飛び越えて中世へ誘(いざな)ってくれる。

市重文の唐門。総けやき造で、鏡板には桐紋が彫られている。また当寺には、足利義昭着用の胴肩衣や「白の傘袋・毛氈の鞍覆」の使用を許した御内書が残されている。

桜のシーズン。境内には桜が咲き誇り、花見の名所となる。ことに山門越しに望む石段の風景が美しい。

一乗山城跡の登り口。本丸までの道は整備されていて登りやすい。

熊野水源池越しに望む常国寺と一乗山城跡。