広島県福山市松永町

承天寺

希望に満ちた瞳に映ったのは遥かに広がる松永塩田

羽原川が松永湾に注ぐその東岸、小高い山に建つ承天寺。松永の地をはるかかなたまで見渡すかのようにその墓はある。
本荘重政。松永の地を干拓し、製塩事業の礎を築いた福山藩士である。寛文七年(一六六七)塩田四十八浜が完成、新涯奉行となった重政は、松寿永年にちなみこの地を松永と命名した。塩田の町、松永の誕生である。
若き頃流浪を重ねた重政であるが、四十七歳で福山藩に召され、享年七十で没するまで、松永の地で生涯、新田開発と松永塩田の拡張に務めた。それは、晩年福山の町づくりに心血注いだ水野勝成のそれに似ている。
人はみな、苦労を重ねた晩年にこそ、最高の輝きを発揮できるのかもしれない。

承天寺参道の石段。北に約150mで本荘神社入口へ。その先には、往時を偲ばせる共同井戸(市史跡)が今も残されている。

本堂。境内から本荘神社へ行くことができる。

昭和51年、元松永塩田関係者の尽力により松永駅南面に建てられた本荘重政の像。

文と写真 秋山 由実