広島県福山市駅家町向永谷

高倉神社

古代山岳信仰を偲ぶ

緑陰深き山の斜面に鎮座する高倉神社。ご祭神は、高御倉神二座(少彦名命〈すくなびこなのみこと〉と大己貴命〈おおなむちのみこと〉)。創祀は不明であるが、その伝承は数多と語られている。江戸期の書物から推察すると、昔は、高増山の山頂に祭られており天文3年(1534)社殿が建立され、文禄2年(1593)に再建。この時に現在の場所に遷座された可能性がある。以降、産土神として地元の人に崇敬されてきた。
しかし、ご祭神が高御倉神であること、社殿建立以前の記録は定かではない点などから、起源は古代の人々の高増山を御神体とした山岳信仰ではなかっただろうか。高増山は標高399m〈山岳信仰のあった彦山(瀬戸町長和)が標高430m〉で、畏れ崇めるには充分な威容であったことだろう。かつて社殿のあった山頂は、現在登山道が整備されており、福山市街や瀬戸内海が眺望できるという。

新緑の中、石段を上っていく。秋には紅葉が美しいそうだ。『備陽六郡志』によると、以前は山上にあったが、渡海の船が難破するのはこの社が南向きのせいだと、四国の船頭たちが山の麓に遷座したとある。現在の境内より山頂ははるか上である。

拝殿。手水舎、狛犬、境内社などが配置された境内。江戸時代でも人里離れていただろうにと思えるが、現在は、手入れが行き届いていて清清しい気持ちになれる。

本殿は一間社入母屋造。風格を漂わせる落ち着いた佇まいである。

石段には手すりが全くないので、下りる時は注意が必要。不安がある場合は、境内脇のスロープ(坂道)がよい。

県道157号線沿いにある参道入口。現在の鳥居の左奥に古い鳥居が置かれている。