• 福山ぶらり歴史紀行

井笠鉄道橋梁跡

広島県福山市神辺町

100年の時を刻む線路跡。

川面に舞い散る花びらと、朽ちていく橋梁跡の静かなる対比。その儚くも美しい光景に心がさんざめく。広大な平野を疾走する車輌は、人々の夢と希望で満ちていたことだろう。
神辺平野の空を駆け抜ける井原鉄道が運行開始したのは、平成11年。しかし、この地に初めて鉄道が走ったのは遡ること百年ほど、大正11年である。両備軽便鉄道高屋線として神辺~高屋間に運行された。両備軽便鉄道の本線が昭和8年に国有化されると、高屋線は「神高鉄道」として民営で継続。昭和15年には「井笠鉄道神辺線」として再出発。以後半世紀、多くの人や荷物を運んだ。
昭和42年に「国鉄井原線」建設のため、線路用地を譲る形で廃止。そこから30年以上経ってやっと現在の井原鉄道井原線の運行が始まった。
このため、井原線はかつての井笠鉄道とほぼ同じルートであるが、一部逸れている箇所があり、そこに橋梁跡が残っている。コンクリートと住宅がひしめくその地で、ひっそりと昔の夢を食むかのように。

井原鉄道湯野駅から東へ約50m。深水川に架かる井笠鉄道橋梁跡(手前)。軽便鉄道なので軌間が狭く、線路の橋梁とは思えないほど。頭上には井原鉄道の高架が見える。

湯野側から見た橋梁跡。川向こうの道は高架に沿ってカーブしているが、かつての路線は真直ぐ延びていた。左右は見渡す限り田畑が広がっていた。

高屋側から見た橋梁跡。湯野駅まで一直線に延びる。かつての旧湯野駅はさらに西側にあった。

MEMO

井原鉄道湯野駅から東へ約50m。

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