広島県福山市丸之内

福山城

福山の原点、ここにあり

100名城のひとつに数えられる福山城。近世築城術の粋を尽くした最後の名城と謳われる。
初代藩主水野勝成が元和五年(一六一九)福山に入封したのは、西国の外様大名に睨みをきかせるためである。そのため、石高十万石の大名としては破格の扱いで、三十万石に匹敵する規模で築城された。築城に伴って町が作られ、ここに今の福山が産声をあげた。時に元和八年(一六二二)のことである。
築城四百周年は七年後に迫っている。それはまた、備後国福山の生誕四百年でもある。

伏見櫓内部。年に一度、文化の日に一般公開されている。

昭和20年、国宝だった城は戦火で落城。その時の炎で黒くなった石垣。今も戦災の傷跡がひっそりと残る。

現在、内堀が埋められ三之丸部分は町の一部と同化してしまっているが、町のあちこちに痕跡が残されている。

毎年秋には本丸で菊花展が催される。

文と写真 秋山 由実