三好教育長に聞く 福山100NEN教育

三好教育長に聞く 福山100NEN教育 第19回

「できた!」でも、わかっていない。「わかる」とは…。

 8月上旬、各学校へ、「『これを見てほしい』『この話がしたい』ということがあれば、行きます!何処へでも。来てください!誰とでも。大歓迎です!」とメッセージを出された三好教育長。一週間もしないうちに、スケジュールがいっぱいになったということを先月号でお伝えしました。今回は、実際に学校で見られたことや、先生と話をされたことについてお話を伺います。

—先生とは、どのような話をされているのですか

教育長:日々子どもたちと向き合っている先生の思いや考えを聴かせてもらい、対話しています。例えば、「新しい行事を子どもと一緒に創っていくために…」「子どもの『問い(なぜ?)』を大事にした学びについて…」など、具体的なやりとりをしています。

 これまでも、アポなしで学校へ行き、校長先生と話したり、授業を見た後、教室で短時間先生と話したりしていました。その主体は、「私」でした。今回は、「学校・教職員」が主体です。先生の方から「話したい」「言いたい」「見てほしい」ということがあるので、すごく面白いです。聴き入る・見入るです。話し込んで長くなることもあります(勿論、勤務時間内です)。

—とくに印象に残っている学校のエピソードを紹介してもらえませんか。

教育長:先日行った中学校で、数学の授業を見て、感動しました。授業が終わった後、駆け寄って先生と握手、ハグしたい気持ちになりました。大袈裟じゃないですよ(笑)。うれしかったですね。その先生は、「わかる」「わからない・わかっていない」ということの意味がわかっている人だと思いました。

—どんな授業だったのですか。

教育長:黒板に上記Aの問題がプロジェクターで映してありました(※本市では、プロジェクター型の電子黒板を順次整備しています。また、公立小中学校全児童生徒一人一台タブレットを本年度内貸与できるよう準備しています)。

 「ある植物園の入園料は…です」と問題文があり、その式も答えも(1)に書いてあります。式と答えから、その意味を考える問題です。

 「2x」は大人2人分の入園料、「y」は中学生1人分の入園料、「1250」は入園料の合計。だから単位は「円」です。

 先生は「式は、数学でいうところの言葉、文章になってるんだよ。左辺=右辺。左辺と右辺が等しいという文章。左辺『2x+y』が表していることは何?」と生徒に問われていました。この場面は、一見、講義・説明の授業です。

 先生の問いかけに対して、声を出している生徒は数人でしたが、黙っている生徒たちの頭の中の「???」が見えるようでした。本気で考えている空気が静かに広がっていました。式も答えも書いてあるので、もうわかっていると思っていた。けれど、改めて「それは何?」と聞かれて、生徒は混乱していました。「できた!」と思っていたのが、「わかっていない…」というところへ戻っているわけです。

 (2)の不等号の問題も、大人3人の入園料(3x)が、中学生5人の入園料(5y)よりも「安い」のか「高い」のか、生徒は口々に声を発していました。

 ここで先生が、「この説明の主語は何?」と問いかけました。数学だけれど、国語(言葉)なんですよね。生徒がわかっていないということを、先生が気付いている。「安いのか、高いのか」がわからない生徒は、主語がよくわかっていない。だから、「これが主語?」と確認していました。やり方(答えの出し方)は覚えて答えは出せる。式も答えも出ている。しかし、式の意味がよく分かっていない。出てきた答えも何を表しているのかわかっていない。

 また、(2)の問題では、生徒から2通りの答えが出ていました。

①「大人3人の入園料よりも、中学生5人の入園料の方が安い」

②「大人3人の入園料は、中学生5人の入園料より高い」

 先生が①と②どちらがいいかを聞くと、多くの生徒は②がいいと答えていました。すると先生は「なんで②の方がいいと思う?」と更に聞きました。「左から順に見ていくから」と一人の生徒が答えました。先生は「式は数学の中での文章。①もまちがっているわけじゃない。左から順番に読んでいくから、主語は『大人3人の入園料』は…となる。みんなが言った『②がいい』という感覚は大切にしてもらいたい」とみんなに語り掛けていました。

 「式は数学の中での文章」と捉えることで、「〜は」「〜です」というつながりが、式でいうと何になるのかということを言葉として確認する。このようなやりとりをすることで、生徒の中でぼんやりしていたものが、少しはっきりしてきます。ここが「わかる」ための大事なポイントだと思います。

—数学での式は、計算するためのものだと思っていました。言葉、文章としてみていくと、数字、記号が表している意味がよくわかりますね。

教育長:数学、算数も、すべて「言葉」です。「数の言葉」です。特に、小学校の先生には、「とにかく言葉が大事です」と、ずっと話してきています。

 上記Bの問題は、小学校一年生の終わり、二月か三月に学習している、教科書にある問題です。この問題の文章(文字)は、全員が読めます。しかし、「14ー8」の式が立てられません。しかし、計算ドリルで「14ー8」の問題は、全員「6」と答えられます。問題文は全員読めて、計算も全員正解です。

 ちょっと横道にそれますが、2年くらい前、教育委員会内で、担当者数名と、この問題は「算数なのか、国語なのか」という議論をしたことがありました。「国語だ」という結論に至りました。小学校の教科は、全て国語(言葉)だと言っても言い過ぎではないと思っています。

—えっ、どういうことですか。

教育長:文章をすらすら読めていても、書いてあることの意味がわかっていないということです。文章を読んで理解する力(読解力)を付けてく大きな役割を担っている教科は、小学校では国語です。

 『AI VS 教科書が読めない子どもたち』(新井紀子著・国立情報科学研究所教授)では、「日本の中高生の多くは、中学校の教科書の文章を正確に理解できない」とのショッキングな内容が、教育関係者のみならず、社会に大きなインパクトを与えました。

 しかし、中学生や高校生になって、教科書が読めなくなってきているのではなく、小学校1年生から読めていません。市内の5つの学校の協力を得て、1年生に問題をやってもらいました。どの学校も、できた(式と答えが正解)子どもは3割くらいでした。問題文は読める。計算もできる。でも、式が立てられない。問題文の意味が分からないからです。

 毎年行われる全国学力・学習状況調査では、福山市の児童生徒の結果は、ほぼ、全国平均と同じくらいです。小学校は、少し上ですね。だから、先ほどの一年生の問題について、文章が読めても、理解できないということも、おそらく全国的に共通していると思っています。

—この問題の難しさは、どこにあるのですか。

教育長:認知科学の研究者で、福山100NEN教育の応援団として、さまざまに指導・助言いただいている慶應義塾大学今井むつみ教授は、「この問題を難しくしているのは『前』『うしろ』という言葉。多くの子どもたちは、その言葉の理解に引っかかり、イメージがつくれていない」と言われています。「前」「うしろ」などの言葉は、当たり前のように、子どもたちはわかっていると思われるでしょう。しかし、例えば、「三日前」というと、過去のことになます。また、「今日」を入れて数えるのかどうか。過ぎたことだから、「うしろ」じゃないの?と思う子もいます。空間と時間では、「前」と「うしろ」の関係が変わってくるので、混乱してしまいます。

 認知科学の長年の研究から、2歳までの言語環境等によって、言語習得の差があることが明らかにされています。小学校入学する時点で、語彙や数の獲得にものすごく差があることは、私も経験的にも実感しています。学力の基礎となる言葉と数。数も言葉です。言葉の獲得なくして、生きて使える知識、学力にはなりません。

 そして、「わかる」スピードは、子どもによってさまざまです。先生が一方的に教えて、ドリルで繰り返すからわかるのではありません。自分で考え、友だちと対話したり、実際に体験したりしながら、言葉やその意味を獲得していっています。

—だから、先生が教えるだけでなく、自分で考え、学び合うことが大事なのですね。

教育長:そうですね。今回紹介した数学の授業での先生は、たくさん話しています。生徒が話し合っているときに、「話をやめ」と言って、止めることもありました。でも、生徒は、思考を遮られるのではなく、先生の問いから、また次の思考の世界に入っていました。連れ込まれたという方が合っているかもしれません。それは、深く考えさせようとしているわけではなく、生徒が自分のわからないを追求し始めており、「わかる」に近づいている姿です。

 数学に限らず、「なぜ?」「それは何?」といった、学ぶ中身そのものにどう向かっていくか。その中身が何なのかを先生がわかっていないと、そこには触れられないですね。子どもの反応を見て、そこで止まれるかどうかです。「学びが面白い!」のポイントだと思います。

—このような授業が増えていってほしいけれど、なかなか難しいのではないですか。

教育長:そうですね。しかし、試行錯誤しながら、子どもたちと一緒に、学びの面白さを追求している教職員がたくさんいます。

 学校には、たくさんの感動があります。頑張っている教職員や子どもたちとしっかりと対話して、教育委員会として、全力で応援していきます。

びんまる2020年10月号より