• 三好教育長に聞く福山100NEN教育

三好教育長に聞く 福山100NEN教育 第60回

福山100NEN教育9年目のテーマ「記号接地」

2月1日、慶應義塾大学の今井教授をお招きして、「記号接地」をテーマに、今年度2回目となる校長・主任研修が行われました。今回は、その内容を三好教育長から伺います。

― そもそも「記号接地」とは、どういう意味ですか。

教育長:身体を使った生活経験をもとに、言葉の意味を理解していることを言います。例えば、「りんご」と聞くと、色や形がイメージでき、甘酸っぱい匂いや味、シャリッとした食感などの特徴を思い浮かべると思います。このように身体感覚や経験とつなげて、言葉を理解することを「記号接地」と言います。もともとは人工知能(AI)の用語です。今年の新書大賞を受賞された今井先生の『言語の本質』(中公新書)の中で、取り上げられていました。本を読んで、この言葉を見たときから、この間、福山100NEN教育として大切に取り組んできた「学び」「わかる」「使える知識」…など、すべてを説明できる言葉だと思いました。

― それで今井先生をお招きした研修となったのですね。どんな内容だったですか。

教育長:「記号接地」は、まさに求める学力であり、求めてきた学びです。このことを先生方が実感できるよう、今井先生と私の対話の中に、この間の取組のスライドや授業動画を入れて、理論と実践をつなげながら進めていきました。対話の一場面を紹介します。

*** 校長・主任研修 ***
今井教授:
「記号接地」は、一般的には聞き慣れない言葉で、もともとAIの業界で使われていました。AIは、一つ一つの言葉の意味は考えず、理解していない記号を別の記号で表現しているだけです。このことは、「記号接地問題」と言われています。

今話題の「チャットGPT」は、東大の数学の問題を8割くらい解くことができると言われていますよね。しかし、「½と1/3、どちらが大きいか」を問うと、「分母が小さいと分数の値は大きくなるため、1/3の方が大きい」と答えていました。この問題に限らず、「チャットGPT」は、質問に対して、関連する言葉を断片的に並べて答えているだけで、記号接地していない状態と言えます。これは、分数が分からない小中学生と似ていますよね。多くの中学生が、½や1/3が記号接地していない中で、√(ルート)などの計算の仕方を学んでいます。教育長が以前された「平方根」の授業は、記号接地していない子どもの状況がすごくわかりましたよね。

教育長:3√2+5√2=8√2と計算はできるけれど、出てきた答え8√2が、何なのかわかっていなかった授業ですね。「8は数、√2は平方根」と言っていました。「記号」だと言っている子もいて、8√2が大体11.2くらいの数だということがわかっていませんでした。計算ができても、記号から記号への操作で終わってしまっている。意味を理解していない「チャットGPT」と同じことになります。

今井教授:数の概念は、記号接地が難しいです。特に、分数・小数の概念に記号接地できていない子どもが多くいます。分数だけ、小数だけを学んでいると、子どもは、数の世界を閉じてしまいます。単元の中だけで学ぶのではなく、小数・分数・整数の関連性を見出しながら学ぶことが大切です。ただ、分数を理解できていない中学生に、「小学校の教科書を使って学び直しましょう」と言うと傷つくし、先生もそんなことはしたくないですよね。今、研究室の学生と一緒に、ゲームのように楽しみながら数を記号接地していけるカードを作っています。

教育長:そのカードをいただいて、今、いくつかの学校で試行的にやっている状況です。数と同様、言葉も難しいですよね。辞書を引いたからといって、言葉は接地しません。調べ学習をしても、調べて書いて発表するだけの繰り返しでは全く理解に至りません。この問題意識がある中で、今年度、広島叡智学園の社会科ユニットデザインから学ぶ研修を行っています。中学校社会科の9人の教員が、学習指導要領に立ち返りながら、単元を広く捉えて探究テーマを設定し、授業実践していきました。どなたか紹介してもらえませんか。

社会科教員:「世界の諸地域」という学習で、「公正性」「発展」「持続可能」という概念を使って探究テーマを設定しました。最初の授業では、やはり子どもたちは、言葉の意味をわかっていませんでした。28時間で構成した単元を通して、子ども自身の中にある「公正性」「発展」「持続可能」に何回も触れながら考えていきました。子どもたちが言葉の意味をどう理解しているのかを見ながら授業をしていたので、今日の話はすごく接点が多かったです。

今井教授:例えば「発展」という概念を、子どもが自分の経験から考えると、ずれることがありますよね。そのずれを修正しながら、「発展」ってどういうことなんだろうと考え続けることが「記号接地」だと思います。

教育長:一時間目の授業を参観しました。先生が一つ一つの言葉を教えて確認するのではなく、子どもが言葉のイメージをふわっとつかんでいくような授業でした。単元全体を通して探究テーマを考えていく中で、言葉の意味を子どもたちが自分で見つけて、理解していく時間があると思いました。

今井教授:難しい言葉はすぐにはわかりません。試行錯誤しながら時間をかけて熟成してわかっていくことも、記号接地に大事なことだと思います。以前見せていただいた常石ともに学園の動画の中で、ある先生が、「何年か経ってやっていく中で、教育長が言われていた『数にこだわることはどの単元でも同じ。方法よりも、子どもたちに数の意味を問うていくことが大事』ということがわかってきた。」と言われていました。本当に素晴らしいことだと思いました。教育長が言われたことの意味を考え続けながら実践していかれた。それこそが記号接地です。

教育長:この間、各学校で、方法を求めたり、方法ではないと目的に立ち返ったりしながら、それぞれが確実に記号接地に向かっていると思います。


― 内容を聴かせていただくと、「記号接地」を今年のテーマにされた理由がわかるような気がします。

教育長:そうですね。「福山100NEN教育」がスタートして9年間、一年一年試行錯誤を積み重ねてきた今だからこそ、「記号接地」がテーマとして考えられると思いました。
研修の終わりに今井先生が、「基本的なことが接地できていれば、そこから先は、新しいことも自分で学んでいくことができます。膨大なデータがなければ成り立たないAIとは違って、人間は、基本的な知識があれば、そこから膨大な知識をつくり上げることができます。」と話されていました。
子どもたちの中には、すでに記号接地している知識があります。自分が知っていることを使って考えると、わかることがたくさんある。そういう感覚を子どもたちが授業の中で積み重ねていくよう、「記号接地」をテーマに、今年も学びを中心とした取組を進めていきます。

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