• 三好教育長に聞く福山100NEN教育

三好教育長に聞く 福山100NEN教育 第30回

三好教育長に聞く 福山100NEN教育

テーマ 第18回福山教育フォーラム(前半)

 8月2日(月)市内教職員をはじめ、保護者、地域関係者などを対象にした「福山教育フォーラム(第18回)」が開催され、2200人以上がオンラインでつながりました。今月は、その内容について三好教育長からお話を伺います。

三好:全体のファシリテーターを私が務め、前半は認知科学の研究者である慶應義塾大学の今井むつみ教授と広島県出身の元陸上選手で、現在は執筆活動や会社経営を行う為末大さんを迎え「認知の仕組みから学習方法を見直す」をテーマにお話していただきました。その内容の一部を紹介します。

今井教授為末代表三好教育長

今井:「『知っている』と『使える』は別」「わかりやすく教えれば、教えた内容が子どもの脳に移植され定着されるというのは幻想」このことは、日本中の教育者に伝えたいです。つまずいている子どもに、わからない問題を100回解かせても、わかるようにはなりません。嫌いになるだけです。
よくドリルで練習して、計算ができるようになると「わかった」と思ってしまいます。しかし、計算ができるようになっても文章題でどの計算を使っていいかわからない子どもが、たくさんいます。そんなとき「たし算やひき算、かけ算やわり算がわかっている」と言っていいのでしょうか。子どもたちに「かけ算知ってる?」と聞くと計算ができる子どもたちは、もちろん「知ってるよ!」と答えます。本当にそうでしょうか。
多くの知識は「生きた知識(使える知識)」と「死んだ知識(使えない知識)」の中間にあります。まったく知らないわけでもないし、まったく使えないわけでもない。でも、すぐ使えるかというとそうではない。単純で簡単な問題には使えても問題が複雑になると、すぐに使えなくなるのです。
では、この「生きた知識」を身に付けるためには、どうしたらいいのか。簡単なことではありません。知識を身体化しないといけない。身体化するには学習した内容を覚えるのではなく、使う練習をする必要があります。やっぱりドリルが大事だと思われるかもしれません。でも、実は同じことを同じ状況の中で繰り返しても「生きた知識」にはなりません。大事なことは、少し間隔をあけて多様な場面で使っていくことです。単純な同じ計算問題を100問やるのではなく違う視点から、その学習を忘れたころにやってみる。これが知識を身体化するためにとても大事なことです。
最近、先生の役割として「ファシリテーター」という言葉をよく聞きます。それに加えて「アナリスト」としての役割も、すごく大事です。子どものつまずきの原因は、子どもによって違います。80%の子どもにとって有効なやり方を目の前の子にやっても、かえって混乱を招くことがあります。結局、子どもの困難やあやまりの原因を診断できなければ、根本的な支援はできないということです。

為末:「アナリスト」という言葉が響きました。選手を観察できないと、その選手が何につまっているかわかりません。名コーチと言われる人ほど、見えないところを見ています。わかっていないことを本人は伝えることができません。コーチが選手のちょっとした仕草や様子を見ながら、何がわかっていないのかを分析していくことが大事だと思います。

三好:コーチや先生の観察する目ですよね。課題があるとわかったとき、どのような手立てをしていくのか。なかなか難しいと思いますが、その辺りをお話いただけますか。

今井:日常生活からの連続性が大事だと思います。算数は学校で答えを出すものと思っている子が多いです。算数で学ぶことが日常ですごく役に立って、面白いという感覚が持てないのだと思います。算数を幼稚園や保育園で先取りして学ぶべきだとは、全く思っていません。子どもが生活や遊びの中で、自然に数や量に注意を向けるようにしていくことが大事です。為末さんが私の講義の中で「学校では国語や算数とか教科に分かれているけれど、日常生活は教科に分かれていないですよね」と言われていました。本当にその通りです。日常生活の場こそが学校で習ったことを一緒にして、使う練習ができる場なんですよ。

為末:生活の中で学ぶことは、とても大事です。今井先生のことばの調査で、視点が変わると右左が混乱する事例がありました。今年の夏、子どもたちがスイカ割りをしていたとき周りにいる子が「右」「左」と声をかけていました。声をかけている子は自分から見て「右」と言うから、目隠しをしている子が「左」に動いちゃって…。「あ!向こうの視点に立たないといけないんだ!」と自分で気付いて「左!左!」と修正をかけていました。このような経験から、視点を変えるということがわかっていくのだと思います。

今井:学習者が自分の間違いを修正できる唯一のときは「やっぱり自分が思っていたことは違っていたのか」と、自分で納得したときだと言われています。教師の役割として大事なことは、学習者が「間違っていた」と自分で納得できるような状況を設定することです。決して「間違っているよ」と言うことではなくて。

為末:選手は自分が置かれている環境、心の状態、積み重ねてきたことなどで初めて納得が成立します。走るときにコーチは「地面を踏め!プッシュ!」とよく言います。これが大事だとコーチが言っても、選手はすぐにはピンとこない。1年・2年・3年と練習を続けていくと「あっ!地面をプッシュするって大事なんだ」と納得することがあるんです。面白いことに選手はまるでそのとき初めてわかったかのような顔をして「やっぱりプッシュした方がいいと思うんです」と、コーチに言ったりします。深く納得したときは、すでに自分の内側にあったことに気付いたような感覚で、選手はとらえるのだと思います。選手にとって何が納得の兆しになるかわかりません。いろんな形で刺激して、あの手この手でアプローチをしていくといいと思います。外から刺激を入れることを繰り返すイメージです。

三好:スポーツは、どうしても反復練習が必要だと思います。今井先生のお話の中に100回問題を解かせてもわかるようにならないということがありました。スポーツの世界でも、ただ単純に繰り返すだけではないんだと思います。熟達していくための反復をどのように考えておられますか。

為末:ボールが飛んできたらキャッチすることを繰り返していると、何も考えずにボールをキャッチできるようになります。何も考えなくてもできるようにすることが反復です。同じことを繰り返して、自分の体に擦り込んでしまうという側面もあります。変な動きでも反復すると体が覚えてしまう。基礎ほど大事というのは繰り返すことが大事なのではなくて、正しい動きを繰り返すことが大事だということ。もし、わからなくても答えが出てしまうような体験を100回繰り返すと「わかる」と勘違いしてしまう可能性もあります。そのことと身体を通じて理解する答えの出し方は、やっぱり質が違うと思います。表面的な成功体験を繰り返してしまうと、これでいいんだと思ってしまう。ただ素振りを繰り返しているだけの選手は変化球に出会ったときに、ちゃんと打てません。頭の中でボールが飛んでくることをイメージしながら素振りを繰り返すと、ただの繰り返しがリアリティのある繰り返しに変わっていくんです。

今井:「何も考えずにできるようになる」ということは、無意識で状況に合わせられることだと思います。以前、為末さんが話されていましたがハードル走でも追い風、向かい風のときがあり、いつも同じ状況ではないですよね。何も考えずに繰り返していたら、状況が違う中では反応できません。一流になる選手たちの中で何も考えずに練習している方は、おられないと思います。一歩の踏み出し方、足の角度など様々なことを考えながら練習されているのだと思います。考えずに体が動くということは実はすごいことです。同じことをただ機械的に繰り返すだけでは、そのような境地には立てないと思います。
三好:「リアリティのある繰り返し」この言葉が何を求めているのか。なるほどと思って聴かせていただきました。テーマから離れますが今、オリンピック真っ只中です。見られて、感じられたり考えられたりしていることをお話いただければと思います。

為末:最後は心の話になるんですよね。今回は期待されたトップ選手たちは難しい状況が多くて若手の選手たちが、とてもいい結果を出していました。スケートボードが特徴的です。スポーツの心理学では「過度なプレッシャーはパフォーマンスを下げる。楽しむ場合はパフォーマンスが高くなる」と言われています。最大の問題は人生がかかった大一番で、たくさんの人が見ている中どうやって楽しむかということです。楽しめるわけがありませんよね。そこを楽しむためには、やはり集中力なんです。目の前の出来事に集中して周りの声などが一瞬パッと消えて、100m走であればゴールに自分が没頭できるということ。経験があると上手くいくように思えますが雑念が入るんです。若い選手の方が素直に没頭できるという印象があります。
今回はトランスジェンダーの選手が、初めて出場しています。スポーツでは条件をそろえることを重視してやってきました。今、この難しさがすごく出ています。どのようにすると公平になるのか。結局ルールづくりですよね。基準としては参加している人、見ている人が、どれだけワクワクできるかということです。どんなルールにすると、より多くの人が面白がったり、不公平だったものが軽減されたりするのかということは、社会の中でもよく考えられていることです。ドッジボールをやるにしても球が速い子は左手で投げるとか、いろんなルールを課しながら、そろえていく必要があると思います。みんな平等にすると、つまらない子がたくさん出るということはスポーツが持ってる側面の一つです。オリンピックのような舞台で本物を見ながら「面白くなるルールって何だろう?」と考えるプロセスは、社会を学ぶ上でも大切なことだと思います。今回のオリンピックは、そのように考えられるところがいっぱいあって面白いなと感じています。

三好:今日の話は、たくさんの市内の先生たちが聴いています。それぞれの学級、学校に置き換えて、きっと考えていただいていると思います。このことが9月からの授業や学校生活につながっていくと思います。限られた時間の中で、たくさんの中身の深いお話をいただきました。本当にありがとうございました。

――前半終了――

三好:後半は今井教授の認知学習論を学ぶ6人の学生に参加していただきました。「子どもへの支援の在り方」等の課題について、学生がグループで作成したプレゼン動画を視聴した後インタビューしていきました。認知学習論を学び自分の経験と重ね、グループで議論しながら理解が深まっているからこそ出てくる言葉の数々に感動しました。この内容は次号で詳しく紹介します。

 

 

びんまる2021年9月号より

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