• ご朱印帳のすゝめ

甘南備(かんなび)神社

甘南備神社

 甘南備(かんなび)神社は延長5(927)年にまとめられた全国の神社一覧「延喜式神名帳」にも記されている由緒ある神社だ。
和銅元(708)年備後国に悪疫が流行した際、時の国司・佐伯宿祢麻呂が平素から崇敬していた出雲の国の美保神社の大神・事代主神のご分霊を三室山に奉斎。ひたすら祈祷したところ、悪疫が早々に退散したという。
備後の民らはその霊験のあらたかさを大いに喜び、その感謝報恩のため荘厳なる神殿を造営。悪疫平癒のお礼として事代主神の父神・大国主神と、少彦名神をも合わせ祀り、盛大に祭典を勤め修めた。以来神徳ますます高く社運は興隆し、氏子や崇敬者は日夜広大無辺なるご神恩に浴し、子孫相伝えて感謝報恩の誠を捧げている。
また養老七(723)年の干ばつの際には藤尾村の龍王神が国府の女性に「吾前を三室山の甘南備神社に合わせ祀らば旱災を除くべし」とご神託を授けた。今では同社に遷し祀られている。
荘厳で重厚なたたずまい。春は桜やツツジ、夏は深緑、秋は紅葉と四季折々に美しい自然が鎮守の森に彩りを加え、訪れるたび心洗われるようだ。

神社へ導く約180段の石段は、そのすべてが継ぎ目のない一枚の石というなんとも贅沢な造り。手水舎の天井には、龍王神にふさわしく、ひげの一本までが今にも動きそうなほど精巧で美しい龍の彫刻が施されている。

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