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草むらのヒーローたち No.075

草むらのヒーローたち

人生いろいろ、車生もいろいろ。

備後の道路脇で見つけた 朽ちゆく車たち。

凹み、錆び、コケ、ヒビ割れていても美しい 古き時代の宝物。

どんなドラマがあったのだろう…。

誰が呼んだか、草むらのヒーローたちを 小学6年M.Kくんが撮りました。

 

 

 

第75回


草ヒロ(廃車)data ■メーカー:スズキ ■車種:4代目キャリイ360トラック(3方開き L41型スーパーデラックス) ■年代:1969年〜1972年 ■場所:井原市北部


「岡山の漫才番長」千鳥のノブの故郷でもある岡山市北部の町。
吉備高原の南端に位置するここは町の大半が丘陵と山林である。
ロマンチック街道313から脇道にそれ、少し登った高原集落。
耕作地へと続く、細く鬱蒼とした少々不気味だと感じる小径のほとりに、凛とした佇まいの朽ちゆく一台を発見。
経年により全身くまなく錆び、周りの樹々と同色になり、見事に景色に溶け込んでいる。
その草ヒロの正体はなんと4代目の彼。
今まで縁もなく初めてキミにお目にかかれるのは全くの予想外で、なんとも有難いことです。涙がチョチョぎれます。
フロンテクーペと同じ、言わずと知れた世界の鬼才ジウジアーロデザインの凛々しいフロントマスクはブラックグリルで超ダンディ。
軽トラとしては異例のメイプル材を使った豪華なインパネやメッキバンパー、しっかり者の証の鳥居などが存在感を醸し出し、長年風雨にさらされ朽ちかけていても、味があり、十分な大物ぶりです。
縦型のドアノブや丸目4灯のテールランプからは「ザ・鈴木自動車の商用車」というカオリが漂います。
荷台に三種の神器の一つを乗せたまま、あと何年この姿を保っていられるのでしょうか…。
そうそう、スズキ版ムルティプラ600とわれた兄弟のバンくん(L40V)は元気ですか?

私:オレは4代目キャリーバン。巨匠ジウジアーロデザインで、一度見たら忘れられないカッコいいヤツって言うじゃな~い!でもアンタ、そのデザインゆえに収容能力が明らかに劣ってしまって、実用的じゃなかったですから 残念!“巨匠”ゆえに“狭小”デザインじゃー斬り!拙者、軽商用車は荷物積んでナンボって後で気がつきましたから 切腹!
息子:でた、パパの古臭いお笑いネタ!!笑
横から見たらどっちが前か後ろかわからんデザインは奇抜で、日本ではあまりにも早すぎたのか?4代目韋駄天キャリィは足も速いけど、モデルライフも3年弱と早かったのでした。ある意味見事な空振り三振で終わってしまったと言えるクルマだったのでした。
マニアに人気のバンくんと違い、いまひとつ影の薄いキミだけど、今では幻のトラックと言っても過言ではないよね。
マフラーの甲高い音と底から吐き出す2ストの白煙、そしてオイルの焼けたニオイ…。幼少期におじいちゃん家にあったこの軽トラは今でも忘却し得ない思い出です。
もし万が一撤去されてしもうても、拙者、今日ゆっくりおぬしと出会えたので悔いはない。
いや、もとい、やはり達者でいてほしい…。左様ならばご免。
これからも「それ行け、韋駄天キャリイ」

 

ちょっとうんちく

 


キャリイ(L40、L41) 4代目
個性的なデザインに加え、積載性と運転のしやすさを両立


L30型のモデルチェンジとして商品力を向上。フロンテと共通の計器類で乗用車的な演出をして、外観も特徴的な角形ヘッドランプを採用。個性的なスタイリングとした一方で、長さ1,835mm、幅1,205mmの広い荷台も両立。荷台はタイヤハウスのないフラット型で、畳などのいわゆる6尺(一間・約1,800mm)ものも積めた。エンジンは先代を継承したが、高速時代に対応すべく25PSにパワーアップして95km/hの最高速を実現した。トランスミッションは1速にまでシンクロメッシュが付き、より運転しやすくなった。L40が後方一方開き、L41が三方開きで、デラックス版のL40T、L41Tを同年10月より発売した。

※この車のグレードはスーパーデラックスで、格調高い豪華な最高級キャブでした。スタンダードと違う追加の装備は、フロントからボディセンターを黒モールでドレスアップしていたこと、室内はインストルメントパネルを厚いパッドで覆い、シートも高級タイプでした。さらにシガーライター、ラジオ、助手席サンバイザーを標準装備していました。

 

キャリイバン(L40V) 4代目
スタイリッシュなデザインの5ドアバン


1969年7月に発売した4代目キャリイトラックは商用車部門でトップの座に躍り出た。続いて11月にバンも新型とした。クラス唯一の5ドアを3代目から継承しながら、イタリアの工業デザイナーであるジョルジェット・ジウジアーロによるヨーロッパ調のデザインを採用。室内のしつらえや装備も充実させ、乗用車的なニーズにも応えた。このモデルをベースとした電気自動車を湯浅電池㈱と共同で開発、1970年に大阪で開催された日本万国博覧会では、会場内の管理施設パトロールで活躍した。

スズキデジタルライブラリーより


諸元

 

 

※懐かしい廃車たち(出来るだけ天然モノ)を小学生撮影隊と一緒にのんびりと探索・撮影・紹介している趣味コンテンツです。
※内容については正確な情報とは限りませんのでご了承ください。
※撮影場所については、部品取りやいたずら防止のため一切シークレットです。
※掲載後の情報提供や現存確認は一切しておりません。
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