入封400年記念シリーズ(1) 上田玄蕃直次之碑

入封400年記念シリーズ(1) 上田玄蕃直次之碑

No.307

 今年は福山藩初代藩主・水野勝成の入封400年という節目の年です。全12回にわたり福山城や福山の成り立ちなどを紹介します。

戦乱が終わり世の中が太平になることを意味する「元和偃武」の時代、1622(元和8)年に水野勝成は福山湾岸の常興寺山に福山城を築城するとともに、領地内の大規模な土木工事に力を入れました。当時はすでに戦の時代ではないと考えたからです。その工事の一つが、当時浅瀬であった福山湾岸を埋め立てて耕地を増やす干拓でした。
干拓が進む中、4代藩主水野勝種の時代には、筆頭家老であった上田玄蕃直次が、土木工事に精通していたため干拓奉行を務めました。1671(寛文11)年、直次は後に川口村となる地域の東側に土手を築き埋め立てる大工事を行い、干拓を完成させました。
このことから川口村では「干拓の父」として敬われ、玄蕃社に祀(まつ)られることになります。玄蕃社は、直次にゆかりがある妙政寺の日登上人によって川口村東土手に建立された守妙院に併祀(へいし)されました。
その後、守妙院は廃寺となりましたが、1969(昭和44)年には守妙院跡地に「上田玄蕃直次之碑」が建立され、今日に直次の功績が伝えられています。