芦田町東之面の大山社

今年の干支牛を祀る 大山社

No.329

 大山信仰は、伯耆大山を中心とした秀麗な山に宿るといわれる山の神に対する信仰です。
牛馬の守護神である大山智明権現(だいせんちみょうごんげん)を祀り、牛馬の安全と五穀豊穣を祈る信仰が美作や備中、備後に広く伝わり、村々で勧請されました。本市では山間部を中心に「大山社」と刻字された自然石の碑を見ることができます。
日本では、牛の形象埴輪が存在する古墳時代頃から牛の飼育が始まったと考えられ、草戸千軒町遺跡からも牛の骨が出土しています。
江戸時代には農具の発明や改良が進み、牛を使用することで能率の良い農耕ができるようになると、急速に牛の飼育が増加し、重要な労働力および財産として家族同様に大切にされていました。
明治時代に入って牛肉食が日本人の食生活に定着してくると、牛の需要は一段と増し、明治末から大正、昭和初期には農家に1頭、中には2・3頭飼育する家もありました。また牛の糞は堆肥として使用され、米や麦、桑などの収穫量も増加しました。
このように田畑の耕作の主役である牛の霊を祀るとともに、牛の安産や増殖を祈願して大山社が祀られてきました。
戦後、時代の変化により農耕も機械化され大山信仰は薄らいできましたが、場所によっては今も年1回お菓子の振る舞いなどの祭りが継承されています。
芦田町東之面の大山社(石碑) ※下地図

加茂町猪ノ子の大山社(石碑)